発見者の機転で命拾いした高齢者のおはなし

old-man-sitting 熱中症の応急処置

熱中症はスポーツ中や暑熱環境での作業中に発生する労作性熱中症と、普段の生活の中でも発生する非労作性熱中症に分けられます。

特に高齢者の場合は様々な理由から非労作性の熱中症を発症するケースが非常に多いようです。

そんな中、何年か前に私が聞いた非労作性熱中症と思われる熱中症を発症した一人暮らしの高齢の男性のお話です。

事件発生から生還まで

その方は一人暮らしをされていたようですが、比較的ご近所とのお付き合いは盛んで気心の知れた方が周囲にたくさんおられたようです。

ある日その男性が熱中症と思われる症状で意識が朦朧となっているところをご近所さんが見つけ大騒ぎとなりました。

騒ぎを聞きつけて数名の人が集まりましたが、その中に介護士の経験のあるAさんが居ました。

Aさんは男性の様子を見て脳卒中などの原因も疑いましたが、男性は呼びかけに対し小さな声ではあるがロレツが回らないというような事もなく返答し、体温が異常に高い割には先ほどまでは元気にしていた事や、その日が非常に気温が高く蒸し暑い日であった事などから熱中症の可能性が高いのではと判断したそうです。

Aさんは「重症熱中症の救命には水風呂に入れて体温を下げるのが最も効果が高い」という事を医療機関のホームページで読んだ事があり、周囲の人にすぐにその事を話し、男性を水風呂に入れる事を提案しました。

男性の体温は触っただけでもかなり高い事がわかりましたので、それが良いという人と、いや救急車を呼んだから救急車の到着を待つべきだという意見に分かれました。

Aさんは迷いましたが、重症熱中症の場合は一刻も早く体温を下げる必要があるという事も医療機関のホームページに書いてあった事を思い出し、それを説明すると近所の人も救急車が到着するまでの間、水風呂に入れて待つことで意見が一致しました。

幸いな事に昨夜のお風呂の残り湯を流さずに浴槽に貯めているという人が申し出てくれて、数人がかりでその男性の胸から下を浴槽に浸し、救急車の到着を待ったそうです。

しかし、すぐに到着するだろうと思っていた救急車は中々到着せず、119番通報してから30分ほどかかったようです。

高齢男性は病院に搬送され数日の入院の後に退院されたとの事です。
Aさんは救急隊員からも、搬送に付き添った際の病院の医師からも初期対応が良かったと褒められたとの事。

本当に無事に退院できた事は不幸中の幸いだったと思います。

状況整理と考察

このお話の中から、私なりにこの時の状況を推測して振り返ってみて、様々な問題点や考えるべき要素を整理してみたいと思います。

熱中症で死亡する人の割合は高齢者が断然多いのですが、医学的には高齢者であっても冷水浴法(水風呂)などで、一刻も早く体温を下げることが有効であることに変わりは無いとされています。

しかし、高齢者の熱中症の場合、以下のような理由で応急処置の方法を決める判断が非常に難しくなる傾向があると思います。

  • 非労作性の場合、状況からは他の疾患での発熱や意識障害である可能性を排除しにくい
  • 持病がある可能性や温度変化による急性心疾患の発症の可能性の危惧

以上のような事から高齢者に対して冷水浴法で対応する事には賛否両論あるようで、特によく聞くのは「冷たい水に入れると心臓麻痺を起こすから良くない」という意見です。


しかし医学的には心臓麻痺という言葉はなく、テレビドラマなどで冷たい水に入って「ウッ!ウ~」と胸を抑えたバタッと倒れて亡くなってしまうシーン等から連想された印象論で仰っている方が多いのではと思います。

私自身、小学校の頃のプールの授業で「胸に水をかけてから入らないと心臓麻痺で死ぬよ」と先生にいわれた事が焼き付いており、今でも「水に入る→心停止」という図式が少ながらず心のどこかにあります。

確かに急性心疾患を起こす可能性は高齢者の場合は高くなるので、十分留意する必要はあると思いますが、私は二次的な弊害をとりあげて、熱中症からの救命の可能性を排除するのは如何なものかと思います。

例えば心停止の患者さんに胸骨圧迫による心肺蘇生法を行う場合、ろっ骨を骨折する場合があるのと同様

救命を取るか? 二次的な弊害を避ける為に救命を諦めるのか?
どちらを優先させるのかの考え方の違いだと思います。

また、非労作性の熱中症であるか否かの判断が困難な点について・・・・

このケースでは近所のコミュニケーションが非常に良く、高齢男性が直前までは元気であり、風邪ひきやコロナなどに感染しての発熱ではない可能性が高い事と判断できた。

男性に特に心疾患などの持病があると聞いている人はおらず、健康な人であるとの共通認識があったことに加えて、男性は殆どエアコンを使用せず、昼間でも玄関を開け放って風を通して涼をとろうとしていた。

このような状況からAさんは非労作性熱中症である可能性が高いと考える事ができた。
つまり他の疾患ではなく「熱中症」疑いと判断できた事で、身体冷却の応急処置を選択できたのだと思います。

また近所の人たちも介護職の経験のあるAさんの「水風呂」の提案を強く反対する事無く協力し、救急救護の現場でよくあるヤジや意味のない口出しで救護活動を混乱させる事がなかったのも、高齢者男性の命を救えた要素の一つであることは間違いありません。

まとめ

今回の高齢者男性の場合は良好なコミュニティー関係やAさんの救護知識と勇気を持った判断、そしてバイスタンダーのチームワークの良さが救命成功の全てであったと思います。

熱中症からの救命を考える場合、労作性、非労作性、地域、学校、スポーツチーム、職場環境などの状況に関わらず、まず印象論や噂に捕らわれない、最新の正しい知識を持つこと、熱中症発生時の状況を的確に把握すること、学校、チーム、職場、地域、などで患者となり得る個々の人々の体調や健康状態の把握に努める事、が必要であると強く思いました。

また、学校や職場、スポーツチームにおいては、熱中症が発生した時の対応方法の意思統一や周知徹底、身体冷却機材の準備、なければそれに代用できる物の確認とその可能性などについて、十分に話し合い、そしてトレーニングをしておく事が熱中症事故から命を守るための必須事項ではないでしょうか。