部活動中の熱中症事故裁判 顧問ではなく校長に過失ありとしたケース
学校現場での熱中症事故の中でも部活動中に熱中症が発生するという事例が多くあります。
そのような多くの場合は、クラブ活動の指導教諭や顧問の安全管理上の対応の責任が問われるケースが殆どです。
今回は現場でクラブ活動を指導し、事故後の対応にもあたった指導教諭ではなく、学校長が安全管理義務を怠ったとして賠償責任を認めた判決について、ご紹介したいと思います。
裁判所は学校長は熱中症予防の為にはWBGT等の数値を元に熱中症発生の予防に努める義務があり、そのデーターを得るための温度計などの器材を設置していなかった事は安全管理の義務を怠ったとして、校長は損害賠償の責任を負うとしました。
本件は今ほどWBGTという言葉が一般に周知されていなかった当時(2010年頃)においても、熱中症の予防に関する知識は文科省などから発信されていたので、校長はそれに対応する器材を設置すべきだったと指摘しています。
つまり現在においても、更に最新の熱中症予防や発生後の処置などの知識を持ってしてのマニュアル作成と並行して、重症化防止や救命の為の資器材の設置が求められているということです。
今回は過去の事故と判例を教訓にして、熱中症事故防止に必要な事とは何かを探っていきます。
※裁判の内容は第一審:大阪地方裁判所および控訴審:大阪高等裁判所の裁判例情報を参考にしています1
熱中症事故発生の状況と指導教諭の対処について
原告の生徒は市立中学校のバトミントン部に所属する中学1年生です。
事故当日、午前11時10分ころから部活動を開始し、ランニングやフットワークを行いました。
このとき体育館の窓や出入口はすべて開いていました。
指導教諭は午前11時45分ころから5分間の休憩を指示し、原告は水を飲んでいます。
その後、二人一組で打ち合いの練習を行いましたが、シャトルが風に飛ばされないように、一部の窓を除いて出入口やカーテンは閉められていました。
午後0時25分頃から試合形式の練習を開始し、原告の生徒は2試合目の試合中に地面に落ちたシャトルを何度か拾い損ねたことから、指導教諭は不審に思い生徒の様子を確認したところ「頭が痛い、しんどい」と答えた為、体育館の脇で水分補給をさせました。
その後教官室へ移動させてスポーツドリンクなどを飲ませましたが、左腕が脱力し握力もありませんでした。
また、うまく話す事ができず顔の左半分がうまく動いていなかった事から指導教諭は直ちに医師に診せる判断をし、タクシーで病院へ連れていき生徒は脳梗塞の診断を受けそのまま入院となりました。
裁判所は本件の脳梗塞は熱中症によって引き起こされたとする因果関係を認めています。
また、指導教諭の過失については校長がWBGTを計測できる器材を設置していれば、指導教諭はその数値を元に練習の中止や内容の軽減を検討できたと考えられ、その設置がない状態で適切な判断を行うことは困難であったとしていて、校長の責任は指摘しましたが指導教諭は熱中症予防に関する指針の具体的注意義務を負っていたとは解されない。という判決を出しています。
裁判の概要と双方の主張について
本件は公立の某市立中学校のバトミントン部に所属する中学1年生の生徒が、部活動中に熱中症に罹患し、それが原因で脳梗塞を発症したのは校長による熱中症予防対策が不十分であったとし、中学校を設置する被告に対し損害賠償を求めた裁判です。
裁判所の見解と判決の要旨
裁判所の熱中症予防に関する一般的な注意義務の見解
公立中学校の部活動は学校教育の一環として行われている。
学校設置者である地方公共団体は部活動に際し生徒の生命の安全を確保する義務を負う。
当該義務の履行は教育委員会の監督の下で各学校の校長及び教員が行うことになるから、校長及び指導教諭は学校設置者である地方公共団体の履行補助者として、部活動中の生徒の生命と身体の安全の確保に配慮すべき義務を負っている。
熱中症は重篤な場合は死に至る疾患であるから、校長及び指導教諭は上記の安全配慮義務の一環として熱中症予防に努める義務を負う。
具体的な注意義務についての裁判所の見解と判決の要旨
熱中症を予防するためには文部科学省や日本体育協会(現・日本スポーツ協会)等が発する「熱中症予防運動指針」などの指針に基づき、WBGTなどの数値を元に熱中症予防の措置をとるため、WBGT等の温度を計測するための器材を設置する義務があったといえる。
まとめ
本件の判決を一言でいうと「校長がWBGT計測器を設置していなかったので注意義務を怠った過失がある」と判断されたということです。
校長は当時多くの中学校ではWBGT計測器を置いている実態はなく不当な判決だとして控訴していますが、高裁にて棄却されました。
確かにWBGTが一般に周知されだしたのは2010年頃からであり、まだどこの中学校にも設置されているわけではなかったという校長の主張も頷けます。
しかし、生徒の命を預かる以上は最新の情報を入手し、いち早く最大限の準備を整えておく必要があったことは否めません。
判決を教訓に今後必要な対応とは?
指導教諭の行動は熱中症の発生に気を配りながら早めの休憩や水分補給、生徒の症状がみられた後の対応も比較的標準的であったと思われます。
しかし、それから10年以上経った現在では情報の内容も状況も大きく変化しています。
2023年は記録的な猛暑で災害級の暑さと言われ、NHKやスポーツ庁からは熱中症発生時に救命率の高い対応方法として、アイスバス等による全身冷却を推奨する動画やコンテンツ、フローチャートなどが多く提供されています。
現時点で緊急用のアイスバスを設置している学校は少ないのが現状ですが、文科省やNHKからも最新の救命情報としてアイスバス等による全身冷却の情報が発信されている以上、事故が起きてから「まだ多くの学校ではアイスバスを設置して備える実態はなかった」という主張は通らない可能性が高くなっています。
水分補給や予防に関する情報は現在も10年前と殆ど変化はありませんが、熱中症発生後の対応として文科省等が推奨する身体冷却の方法が従来の、首・脇・鼠径部の部分冷却からアイスバスやアイスタオルによる全身冷却へと大きく変化したのはこの1~2年あまりの事です。
熱中症予防の対策は最も重要な事ですが、本件のように必要な資器材の設置が立ち遅れているとすれば「火の用心」を叫ぶだけで、いざ火災が発生した時にボヤで消し止める為の消火器を設置していないのと同じではないでしょうか?
従来のアイスバスはレジャープールやバスタブ等を代用しており、大きくて設置も準備も大変でしたが、緊急用に設計されたアイスバスP-PEC(ピーペック)は、AEDのように非常事態になってから取り出して設置しても使える仕様になっています。
今回の事故の判例から学ぶとすれば、学校での安全管理の義務を履行するためには熱中症の予防対策と並行して、最新の情報に基づいた必要な資器材の設置を進める必要があるという事では無いでしょうか。
WBGT計測器と併せて緊急用のアイスバスの設置が最も望ましい姿かと思われます。
NHKでのレジャープールを代用品としての応急処置の例
- 参考文献 第一審 大阪地方裁判所平成28年5月24日判決 控訴審 大阪高等裁判所平成28年12月22日判決 https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/recentlist2?page=1&filter%5Brecent%5D=true ↩︎