熱中症の応急処置にはアイスバスなどの冷水に全身を浸ける事が最も有効な救命法である事は広く知られてきました。
しかし、全身を冷水に浸けるのって安全なの?という不安を抱く人が多いのも事実です。
実際にアイスバスを用いて全身を冷却する際には、溺水の可能性、心臓にかかる負担、冷やし過ぎによる低体温等さまざまな点について注意しなければなりません。
今回はアイスバスでの冷水浴法を行う際の注意点やリスクについて考えて行こうと思います。
救命率が最も高いと推奨される冷水浴法を採用したい
しかし、リスクもあるといわれるが・・・・
いったいどうすればいいの?
このページをご覧頂き、正しくリスクを理解し、最善のプランを見つけて頂ければ幸いです
デメリットよりもメリットの方が断然大きい
まず先に結論を申し上げたいと思います。
熱中症の研究者や医師に「あなたが一般のバイスタンダーだったとして実際に目の前に熱中症患者がいて、アイスバスの準備がある場合、どのような選択をしますか?」と聞いたところアイスバスによる冷水浴法で救命できる可能性が格段に高まるメリットと、リスク要因による急性心疾患など二次的なデメリットの発生する確率を比べれば、遥かにメリットの方が大きいので「間違いなくアイスバスによる全身冷却を行う」と答えておられます。
リスクに対しての配慮は必要だが、メリットの大きさを評価して判断すべきという事なんですね。
例えて言うならば・・・
火事で家がボーボー燃えているのに「消防車で放水すると今は燃えてない家具まで濡れてしまうから放水しないで」と消防士に頼む人はいない。
家具が濡れるデメリットより火を消す事のメリットが断然大きい。
救命の為に胸骨圧迫(心臓マッサージ)をしている救命士に「肋骨が折れて心臓に刺さるかもしれないから胸骨圧迫はやめて下さい」と頼む人はいない。
そもそも既に心臓が止まっているのだから心拍を復活させる手段を拒む必要はどこにもない。
大切な事は、いざ重症熱中症発生の緊急事態に立ち会ったとき、救命の為に必要だと判断したら、細心の注意を払った上で全身冷却を選択出来るように知識も機材も準備しておくと言うことだけです。
なぜ結論を先に申し上げたかと言いますと、このあと冷水浴法について注意すべき点を考察していく中で、リスクがあるならアイスバスによる応急処置はやっぱりやめておこうと消極的に考えられるのは、助かるべき命にとっても、救命のチャンスをみすみす逃してしまうバイスタンダーにとっても不幸な事だからです。
このサイトをご覧になっておられる方は、熱中症からの救命について真剣に考えておられる方ばかりで、アイスバスを用いた冷水浴法の救命率が抜きんでて高い事は十分ご理解頂いていると思います。
そして、救命の為にアイスバスを活用して行きたいとお考えの方が多いはずです。
熱中症患者の救命の為の応急処置は一刻も早く効率的な身体冷却を行うことが重要です。
従って「救命の為」「後遺障害を残さない為」「症状を重症化させない為」この要素を満たすべく、いち早くアイスバスによる冷水浴法で全身を冷却する事を大前提としてお話を進めて行きたいと思います。
冷水浴法(浸漬法)の実施時に考えられるリスク
それでは、二次的なリスクとはどのようなものがあるのか具体的に考えてみたいと思います。
冷水浴法(浸漬法)について一般的に知られているリスクには以上のようなものがありますが一つ一つ追って行きましょう。
溺水の危険
特に意識がない場合や意識が朦朧としている場合には溺水の危険があります。
また、意識がある場合でも突然意識を失う可能性もあるので、決して目を離してはいけません。
レジャー用のプールを流用しているなどで水深がある程度ある場合や、縦型のドラム缶のようなアイスバスを使用している場合は脇の下にタオルや帯状のベルトを通すなどして上半身を支えるような工夫が必要です。
レジャー用のプールの流用ではなくP-PECのような専用設計のアイスバスなら溺水のリスクは小さくなりますが、それでも決して目を離してはいけません。
溺水に関するリスクは慎重に見張ることでほぼ解消されますが、スポーツ中の労作性熱中症を研究されている大学の准教授によると、熱中症によって神経を侵されると、訳もなく粗暴になって暴れだすという事もあるので、特に腕力の強いアスリート等の応急処置の場合には、数人で見守るようにする等の注意が必要との事です。
心臓にかかる負担について(急性心疾患)
一般的に冷たい水に入ると血管が収縮して血圧が上昇する傾向があるとされています。
血管が収縮すると冠動脈(心臓の血管)の通路が狭くなって心臓の血流が少なくなったり、血圧の上昇によって血管の内側にできたプラークと呼ばれる塊が剥がれて血管の細くなった部分に詰まるなどして心筋梗塞1(心臓の一部分の血流が突然遮断され、その部位の筋肉が酸素不足で壊死する状態)を引き起こす原因になります。
これは温度変化によって引き起こされるリスクの存在を示したに過ぎないので、その可能性は否定できませんが、冷水に入ると必ず起こるという事ではありません。
例えばサウナで水風呂に入ったときや、暖かい部屋から急に寒い屋外に出たとき等も同様のリスクはありますが、高確率で心筋梗塞が起こっているわけでもありません。
アイスパックで首筋や脇の下や鼠径部を冷やすといった冷却方法を選択して行った場合でも、冷却するという行為が伴う以上は同様の血圧上昇のリスクは避けられません。
また、一般的に冬の海や河川への転落や船の沈没などで人が冷たい水中に投げ出されたような場合では、溺れる要素を除外すると、冷水によって引き起こされる急性心疾患よりも、長時間水中にいる事で体温を奪われて低体温症で亡くなる可能性のほうが高いとされていますので、とりたてて応急処置の冷水浴法と急性心疾患を結び付けて恐れる必要はないと思います。
しかしこのように、冷水に全身を浸すという事で起こりうるリスクとして認識しておく事は大切です。
リスクを減らす工夫について
極端にリスクを恐れる必要はありませんし、可能な限り温度変化によるリスクを減少させる試みとしては、例えばいきなり全身を浸けるのではなく、徐々に水に浸けて行く等で急激な温度変化は和らげられると思われます。
更には医療者が選択するような極端に低い温度の水を避けて、学術的な研究などから熱中症の身体冷却に効果があるとされている水温の範囲内で高めの水温に調整2するなどが考えられるのではないかと思います。
参考文献: To Cool, But Not Too Cool
That Is the Question-Immersion Cooling for Hyperthermia
Medicine & Science in Sports & Exercise 40(11):p 1962-1969, November 2008. | DOI: 10.1249/MSS.0b013e31817eee9d
https://journals.lww.com/acsm-msse/fulltext/2008/11000/to_cool,_but_not_too_cool__that_is_the.13.aspx
参考文献: 国立循環器研究センター 急性心筋梗塞
https://www.ncvc.go.jp/coronary2/disease/acute_myocardial/index.html
心臓麻痺という言葉は造語! この言葉の魔力について
さて、心臓にかかる負担についてお話をしましたが、よく言われるのが「冷たい水に入ると心臓麻痺を起こして死ぬ」という文言とそれにまつわる不安です。
まず、医学的には心臓麻痺という言葉は存在せず、「心臓停止」や「心停止」「心不全」といった状態に対し、「心臓」と運動機能が失われるという意味の「麻痺」を組み合わせて作られた造語であるとされています。
テレビドラマなどで時折見かける、冷たい水に入った人が「ウッ!ウ~」と唸ってバタンと倒れて亡くなってしまうというシーンなどからの連想での印象論で「冷たい水に入ると心臓麻痺を起こして死ぬ」というイメージが焼き付いてしまっている人も多いと思います。
また「心臓麻痺」という言葉には造語であるが故にか、何か人を恐れさせる「魔力」のような力があるようにも感じます。
安易に「心臓麻痺」という造語を使って「冷水」→「死亡」という連想で恐れるのではなく、前項(心臓にかかる負担)でお話しした、心筋梗塞などの急性心疾患を発症するリスクを正しく認識する必要があるのではないでしょうか?
急性心疾患に陥るリスクの高い人
アイスバスという事ではなく一般的に次のような条件の人は心筋梗塞のリスク要因が高いといわれています。
これらの要素を見てみると、スポーツの現場での労作性熱中症の対象であるアスリートには該当しずらいという事がわかります。
スポーツチームの監督、コーチの方等にとってはアイスバスによる応急処置のメリットがデメリットを上回る度合いが更に大きくなる事で心の持ち方にも余裕が生まれるのではないでしょうか?
逆に、建設関係や工場などの労働環境においては、上記の条件に当てはまる場合はより慎重に冷却を行う必要があると思われます。
子供は心筋梗塞や急性心疾患の可能性が低い
先ほどのリスク要因を見ても、子供の場合は当てはまる可能性が低いですし、一般的には先天性の疾患などを除いては子供の心筋梗塞や急性心疾患の発生は稀であるとされています。
学校現場などにおいては、アイスバスによる応急処置の温度変化で心筋梗塞が起こる可能性は非常に低いといえると思います。
したがって学校現場などに熱中症からの救命の為に応急処置用のアイスバスを準備しておくと、低リスクで最大限のメリットを享受できるといえるでしょう。
低体温症に陥る可能性について
通常の体温と深部体温
私たちが体温を測るとき、通常は脇の下などの皮膚の表面で測ります。
成人の正常時であれば概ね36.5℃前後を示しますが、身体の内部では深部体温といってこれより概ね1℃程度高く保たれていて、約37.5℃が正常な深部体温の目安となります。
さて、暑熱環境下で体温が上昇して熱中症になるわけですが、この時の体温の評価は必ず深部体温で行われなくてはなりません。
皮膚の表面温度は発汗や外気との接触などで変化するため正確な温度とは言えないからです。
この深部体温が正常時の37.5℃から約3℃上昇して40.5℃となると重度の熱中症として内臓や神経などのダメージが出始めるといわれています。
逆に深部体温が正常時から約2.5度下がって35℃以下になると低体温症の範疇に入ってきます。
こうして見ると人間の生命というのは非常に狭い温度範囲の中で維持されている事がわかります。
そして、正常時から3℃低下の場合は低体温症でもまだ軽症であるのに対し、正常時から同じ3℃上昇すると熱中症の重症なのですから、深部体温は上昇方向に対しては危険が迫るのが早いという推測がつきます。
この事からも重症熱中症の疑いがあれば、低体温症のリスクを恐れるよりもすぐに有効な冷却を開始すべきであるといわれるわけです。
しかし、熱中症は体の温度コントロール機能が失われる事による病気ですから、コントロール不能で上昇した体温は、下がるときにも同様にコントロール不能で低下し続ける可能性は否定できませんので十分に注意する必要がある事は言うまでもありません。
とは言え、米国の研究機関で行われた熱中症の患者の深部体温を下げる実験データーでは、極低温ではなく20℃前後の水温なら1分間に約0.15℃前後の体温低下率ですので、単純に低体温症に至るまでの時間を計算すると、低体温症の入り口である35℃まで下げるのに37分ほどかかる事になります。
あくまでもバイスタンダーによる応急処置の冷却を考えた場合、冷却でここまで深部体温が下がったから一旦冷却を止めようという指針になる直腸温の測定は不可能なケースがほとんどですが、上記の計算の通り低体温症の入り口に差し掛かる頃までには救急隊が到着し、救命救急士などにひき継ぐことが可能であると推測されますので、医療者に引き継ぐまでの間に重症化を防ぎつつ救命率を高める為には、躊躇なく冷水浴法での冷却を開始すべきだと思います。
また、日本スポーツ協会の熱中症対策情報「スポーツ医科学研究」のページにおいても下記のように躊躇ない身体冷却を推奨しています。
現場での体温測定としては、「直腸温」が唯一信頼できる測定です。熱射病の診断(>40°C)にも、身体冷却中のモニタリングにも有用であり、直腸温が約39°Cとなるまで冷却します。
ただし、直腸温の測定ができない場合でも、熱射病が疑われる場合には身体冷却を躊躇すべきではなく、その場合には「寒い」というまで冷却します。運動時の熱射病の救命は、いかに速く(約30分以内に)体温を40°C以下に下げることがで きるかにかかります。
引用元:日本スポーツ協会 熱中症が疑われる場合の身体冷却法
https://www.japan-sports.or.jp/medicine/heatstroke/tabid916.html
まとめ 「極端に恐れる必要は無い!」
ここまで、熱中症からの救命の為の冷水浴法(浸漬法)による応急処置を行う際のリスクについて考察してきましたが、結論としては以下のような内容を心の中で整理して、緊急事態に直面した際には最も安全な方法を選択できる準備を整えることだと思われます。
可能性の低いリスクを必要以上に恐れて有効な応急処置を躊躇する事で救命のチャンスを逃したりする事の無いようにしたいものです。
- 参考文献: 国立循環器研究センター 急性心筋梗塞
https://www.ncvc.go.jp/coronary2/disease/acute_myocardial/index.html ↩︎ - 参考文献: To Cool, But Not Too Cool
That Is the Question-Immersion Cooling for Hyperthermia
Medicine & Science in Sports & Exercise 40(11):p 1962-1969, November 2008. | DOI: 10.1249/MSS.0b013e31817eee9d
https://journals.lww.com/acsm-msse/fulltext/2008/11000/to_cool,_but_not_too_cool__that_is_the.13.aspx ↩︎ - 日本スポーツ協会 熱中症が疑われる場合の身体冷却法
https://www.japan-sports.or.jp/medicine/heatstroke/tabid916.html ↩︎